将来の現実を描く:『生きのびるための事務』の読書メモ

少し前にXで話題になっていて、Amazonのウィッシュリストに入れていた本。書店に足を運んで購入、1日で読了。日々の過ごし方のあり方を考えさせられる本だった。

書籍の冒頭はPOPEYE Web、小説版はnoteに公開されている。書籍の購入を検討している人は、見てみるとよい。小説版は荒削り感が否めないが、書籍はコミカライズされているので読みやすい。

「未来の現実をノートに描く」ことの大切さ

芸術家として生計を立てていくことを目標としていた著者の経験を元に、「事務」(主にスケジュールとお金の管理)の重要性とその手法と実績を説くのがこの本の流れだ。その中のスケジュールを立てていくプロセスで「未来の現実をノートに描く」というのが紹介されている。

これは、現在の24時間と10年後の理想の24時間の使い方を描きだすことで、その達成への道筋を明らかにするものだ。こういった手法は自己啓発系の書籍ではよく謳われているものである。スティーブ・ジョブスが「もし今日が人生最後の日なら?」と鏡に問うていた、などの話は聞いたことがあるだろう。自分にとっても目新しさはない論説に感じた。

ただ、改めてこの著者の説明や事例を読む中で気がつかされたのは、自分の将来を考えるときに「何をしたいのか?」ではなく「どうありたいのか?」を考えることの重要性である。

「何をしたいのか?」というのは考えやすい項目だと思う。旅行に行きたい、美味しいものを食べたい、みたいなアイディアは誰しもがぱっと思いつくことだろう。あるいは、資格試験に合格したいとか、職場で昇進したい、みたいなものもあるかもしれない。著者の場合は芸術家になる、というものであった。

この「何をしたいか?」ドリブンでの発想には3つ問題があると私は考える。

  1. 達成方法が曖昧だと着手できない
  2. 達成したら終わりでその先に続かない
  3. 達成までの時間軸が長く、日々の充実感が得づらい

一方で「どうありたいか?」ドリブンの発想はいずれの問題も発生しない。

  1. 時間を決めて手を動かすことで経験学習のサイクルが働く
  2. その状態でありつづけることが目標なので、終わりがない
  3. 時間の使い方は今日その日から変えられ、充実感を得やすい

加えて、著者が論ずるように、評価されなくてもいい、評価されることを目的にしない、という前提に立つと、本質的に時間を費やしたい事項があきらかになるだろう。

生きている間にすることって、自分が何が好きなのかを探して、見つかったら、死ぬまでそれをやり続けるってだけです。

この一文に著者の主張が凝縮されている。

未来の現実を描く難しさ

ということを考えているうちに、ムクムクとモチベーションが高まり、A4のコピー用紙を机の上に置いて、「未来の現実をノートに描く」ことを始めてみた。

今の24時間の使い方は、簡単に描くことができる。しかし、10年後の24時間を書こうと思うと、はたと手が止まる。会社員の自分は6時間ほどの睡眠時間、8時間の仕事、通勤・食事の時間を書き入れると、もはやそこに描くべき隙間はほぼ残されていないのである。いやいや違うと、お金を稼がねばならない前提、サラリーマンである制約を外して考えてみる。すると大きな時間枠ができる。しかしそこで手が止まってしまう。

キャンプに行きたい、バイクに乗りたい、そういう物事は出てくるけれども、自分にとっては余暇の過ごし方であって毎日のことではない。人の役に立ちたい、自分のビジネスを持ちたい、こういった物事も出てくるが抽象度が高すぎて時間の過ごし方のイメージが湧いてこない。

突き詰めていくと、自身のライフワークは何であるのか?ということなのであろう。読後1日考えてみたけれども、自分にはその答えが出せないでいる。


何者かになりたい、という芸術家志向の若者に限らず、ミドルな会社員にとっても日々を過ごし方について考えさせられる本である。ぜひ手に取って読んでみてほしい。

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